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ISSN 1346-9029 研究レポート No.461 July 2018 デジタル社会に適応困難な貧困者の問題 貧困者の IT リテラシー問題と世代別対策- 上級研究員 大平 剛史

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ISSN 1346-9029

研究レポート

No.461 July 2018

デジタル社会に適応困難な貧困者の問題

-貧困者の IT リテラシー問題と世代別対策-

上級研究員 大平 剛史

デジタル社会に適応困難な貧困者の問題

―貧困者の IT リテラシー問題と世代別対策―

上級研究員 大平剛史

[email protected]

要旨

現在、社会のデジタル化が進み、生活の隅々まで ICT が浸透している。デジタル化の恩恵を享

受するには、ICT機器を的確に操作して、情報を取捨選択し、自分が持つ情報の安全を確保でき

る能力、すなわち最低限の IT リテラシーが必要である。逆にそうした能力が十分でなければ、仕

事や生活に支障をきたすようになりつつある。

なかでもICT機器に触れる機会が少ない貧困者は、IT リテラシーを身につけづらいため、仕事

や生活上の危機に瀕しやすい。社会のデジタル化についていけず、取り残されそうになっている

貧困者の IT リテラシー問題に対処する必要がある。

本研究では、そうした問題の現状を把握した上で、異なる問題を抱える世代ごとに、現行の対策

と課題、短期的に実施可能な打開策、参考になる事例・情報を整理した。そのために、文献調査

に加えて、対策を実施している職業訓練校や市民団体、貧困者などへのインタビューを行った。

その結果、地域・職場コミュニティの弱体化や、自己責任論の風潮を背景として、IT リテラシーが

不十分で孤立しがちな各世代の貧困者が、自分の強みや経験を活かせる職を得たり、社会的孤

立を防ぎながら日常生活を送ったりすることが難しくなってきていることがわかった。現行の対策は、

各世代とも操作系 IT リテラシー(いわゆるコンピューターリテラシー)を身につけるためのものが中

心であり、情報活用系 IT リテラシー(いわゆるメディアリテラシー)や、ルール系 IT リテラシー(いわ

ゆる情報セキュリティリテラシー)向けの対策が不足していることが課題であることもわかった。

そこで打開策を検討したところ、短期的なものを低コストで実施できる可能性があることがわかっ

た。具体的には、対面教育など、他者との接触が不可欠な施策の他に、教材開発や e ラーニング

など、貧困者が 1 人でできる訓練を助ける非対面施策も、実施できる可能性がある。

今後はさらに、IT リテラシーが不十分な貧困者を、社会的弱者として包摂する社会制度・規範づ

くりについても、研究する必要がある。また、障がい者貧困層向けの対策も、同様の観点から詳しく

研究する必要がある。

キーワード:IT リテラシー、デジタル・ディバイド、貧困、自己責任論

目次

1. 序論 ____________________________________________________________________ 1

1.1 問題意識、研究の背景・目的 ____________________________________________ 1

1.2 研究の枠組み __________________________________________________________ 2

2. 貧困者の IT リテラシー問題:デジタル・ディバイドの新たな側面 _______________ 3

2.1 問題の概要 ____________________________________________________________ 3

2.2 先行研究 ______________________________________________________________ 5

2.3 本研究の意義 __________________________________________________________ 7

3. 世代①「若年層の貧困者にとっての IT リテラシー問題と対策」 _________________ 8

3.1 問題の実態 ____________________________________________________________ 8

3.2 現行の対策 ____________________________________________________________ 9

3.3 現行対策の課題 ________________________________________________________ 9

3.4 参考となる事例・情報 __________________________________________________ 9

3.5 現行対策の課題に対する打開策 _________________________________________ 11

4. 世代②「中高年層の貧困者にとっての IT リテラシー問題と対策」 ______________ 13

4.1 問題の実態 ___________________________________________________________ 13

4.2 現行の対策 ___________________________________________________________ 14

4.3 現行対策の課題 _______________________________________________________ 14

4.4 参考となる事例・情報 _________________________________________________ 14

4.5 現行対策の課題に対する打開策 _________________________________________ 16

5. 世代③「高齢者層の貧困者にとっての IT リテラシー問題と対策」 ______________ 18

5.1 問題の実態 ___________________________________________________________ 18

5.2 現行の対策 ___________________________________________________________ 19

5.3 現行対策の課題 _______________________________________________________ 19

5.4 参考となる事例・情報 _________________________________________________ 19

5.5 現行対策の課題に対する打開策 _________________________________________ 21

6. 結論・今後の課題 _______________________________________________________ 23

参考文献 _________________________________________________________________ 25

1

1. 序論

1.1 問題意識、研究の背景・目的

日本では社会のデジタル化が進み、生活の隅々まで ICT が浸透している。その恩恵で社会の利

便性が高まる一方、誰もが機器の操作方法やトラブルに煩わされることなく、ICT を自在に利用で

きるような理想社会には、いまだ到達していない。

現状では、デジタル化の恩恵を享受するには、ICT機器を的確に操作して、必要かつ適切な情

報を取捨選択して活用し、自分が持つ情報の安全を確保できる能力、すなわち最低限の IT リテラ

シー1が必要である。逆に IT リテラシーが十分でなければ、仕事や生活に支障をきたすようになり

つつある。IT リテラシーが乏しい人々が、安定した職に就けなかったり、詐欺被害にあってしまった

りするなど、危機に瀕するおそれが高まっている。

なかでもICT機器に触れる機会が少ない貧困者2は、仕事や日常生活に最低限必要な IT リテラ

シーを身につけづらいため、そうした危機に瀕しやすい。スマートフォン(スマホ)の普及とともに、

社会全体にICT機器が普及しつつある一方で、低所得者の ICT 機器保有率・使用頻度は依然低

い。2017 年 3 月時点で、世帯年収 400 万〜550 万円未満の世帯では3、スマホの保有率が 8 割

弱で、パソコン(PC)が同 8 割強、タブレットが同 3 割強だった。それに対して、世帯年収 300 万円

未満の世帯では、スマホの保有率は 4 割弱、PC は同 5 割弱、タブレットは同 1 割強にとどまる4。

社会的に孤立しがちな ICT 機器を持たない単身者の数は、「平成 27 年国勢調査」や内閣府「消

費動向調査」などから、若年層(15〜44 歳)5では約 91 万人(同世代全人口の約 2.1%)、中高年

層(45〜64 歳)では約 178 万人(同 5.5%)、高齢者層(65 歳以上)では約 59 万人(同 1.8%)程

度と推計できる。これらのことから、孤立しがちで、ICT 機器の使用頻度が低いために、仕事や日

常生活に必要な最低限の IT リテラシーを身につけづらい貧困者は、世代を問わず一定数いると

考えられる。そこで、多世代にわたる貧困者の IT リテラシー問題に対処する必要がある。

1 政府の「世界最先端 IT 国家創造宣言」などをもとに、職業・日常生活に最低限必要なレベルのパソコン(PC)やス

マートフォンなどの情報機器を操作する能力、情報機器を使って情報を収集・活用する能力、情報セキュリティを確

保する能力を合わせた能力と定義する。本論での定義については後に詳述する。 2 相対的貧困層に関連する近年の政府会議での議論や、生活保護受給者の所得実態を参考に、年間所得 150

万円程度未満の人とする。 3 厚生労働省「平成 28 年 国民生活基礎調査の概況」によると、日本の全世帯年収の平均は、2015 年の時点で

545.8 万円であったので、平均的な世帯年収グループの一つと考えて良い。 4 内閣府「消費動向調査」による 2017 年 3 月末時点の保有率。 5 本論では、厚労省のライフステージの定義や、総務省・国際機関(WHO)の慣例用法をもとに、青年期と壮年期を

合わせたものを若年層とし、15 歳から 44 歳とする。中高年層は、45〜64 歳とし、高齢者層は、65 歳以上とする。

2

筆者は、IT リテラシーの不足によって、社会適応がより困難になっている貧困者の実態調査を行

ってきた。その結果から、今まさに仕事や生活上の危機に瀕している貧困者のために、長期的対

策だけでなく、短期的対策の実施を早急に検討すべきと考えている。よって、本論では、すぐ開始

できて、短期的な効果が期待できる対策に焦点をあてる。

具体的には、社会のデジタル化についていけず、取り残されそうな人々の能力を周囲に合わせ

る対策としての能力開発と、周囲が歩み寄る対策として、適応力の低い高齢者層の能力開発を助

ける方法に注目する。なお、障がい者向けの対策は、別途慎重に検討する必要があるので、本論

では議論の対象外とする。

このような問題意識と背景をもとにした本研究の目的は、以下の 2 つである。すなわち、社会の

デジタル化が進む中、IT リテラシーが不十分な貧困者は、どのような問題を抱えているのか、そし

て、そうした貧困者への対策としては、短期的にどのようなものが実施可能であり、役立つのか、と

いう研究課題について、答えを出すことである。

1.2 研究の枠組み

この目的のため本論では、貧困者の IT リテラシー問題の現状を把握した上で、異なる問題を抱

えているそれぞれの世代ごとに、現行の対策と課題を論じる。その後、現行対策の課題に対する

打開策と、その参考となる事例・情報を検討して、最後に今後の検討課題を議論する。

研究の方法は、文献調査とインタビュー調査をもとにした定性的研究である。文献調査の主な対

象は、政府・自治体などの公的機関や、市民団体など私的団体、専門家が作成した、公開文書、

ウェブサイトである。インタビューの主な対象は、職業訓練校・市民団体など、現行対策に関わって

いる公的機関・私的団体、専門家である。

本論の構成は、本序論に続いて、貧困者の IT リテラシー問題に関する全般的な現状把握、各

世代それぞれの問題と対策に関する検討、そして本研究の結論と今後の検討課題の順である。

3

2. 貧困者の IT リテラシー問題:デジタル・ディバイドの新たな側面

2.1 問題の概要

<生じつつある社会変化の実態>

社会のデジタル化とは、ICT を使いこなして自立的に生活できる程度の IT リテラシーが、もはや

必要不可欠な社会への変化である。日本では、若年層から高齢者層まで「社会や生活に IT は欠

かせない」と思う人が多く、IT リテラシーを「学習する機会を見つけにくい」と思う人も各年代に多い

(日鉄住金総研 2015; 三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング 2012)。

社会のデジタル化は、IT リテラシーが不十分な貧困者がより孤立しやすい社会への変化ととらえ

ることもできる。低所得者ほど ICT 機器の保有率・使用頻度が低いため、IT リテラシーが低く、他

者とのつながりを持ちにくい貧困者が多くなっている。これは、ネットワークインフラや地理的な制約

条件など、環境要因によるとされてきたデジタル・ディバイドの新たな側面である。

以前は、ICT機器を使わなくても、地域や職場のコミュニティを通じて、人々は容易につながりあ

えた。しかし今では、仕事を求めて地方から流入した多くの貧困者が暮らす都市部を中心に、近所

づきあいにもとづく伝統的な地域コミュニティは崩壊しつつある。非正規雇用者や頻繁に転退職す

る人々が増え、労働組合の組織率が低下した職場コミュニティも弱体化している。

また、生活保護受給者などの貧困問題に対して「自己責任論」を当てはめる風潮も強まっている。

『平成 24 年版厚生労働白書』や OECD の Society at a Glance 2014 などの社会調査によると、日

本では、ICT 機器の保有率・使用頻度が少ない、生活保護受給者などの貧困問題に対して「自己

責任論」を当てはめる風潮が強まっていることが示唆されている。「「貧困は自己責任」といった自

己責任論が広がっている」として、「このような考えが、社会的排除を助長している」と論じる中村

(2010)のような先行研究も複数ある。

つまり、十分な IT リテラシーを持たない貧困者は、伝統的な地域コミュニティや職場コミュニティ

からの保護も受けられず、自己責任論の風潮が強まる中で、孤立したまま社会に適応しにくくなり

つつある。そのため、十分な IT リテラシーさえ身につければ必ず貧困から抜け出せるというわけで

はないものの、様々な理由で社会的に孤立した貧困者になってしまった人々が、必要な支援を得

て生活を改善していくために、最低限の IT リテラシーを身につける必要性が高まっている。

こうした IT リテラシーが不十分な貧困者は、若年層から高齢者層まで多数いると考えられる。例

えば前述のように、ICT 機器を持たない単身世帯という前提では、「平成 27 年国勢調査」、内閣府

「消費動向調査」などから、全国に 300 万人以上いると推計できる。

IT リテラシーが乏しい貧困者が、孤立して貧困から抜け出せない事例は、貧困支援の現場でも

問題になっている。貧困層支援を行う特定非営利活動法人「自立生活サポートセンター・もやい」

などによると、インターネットによる情報発信が一般化した日本社会では、IT リテラシーが乏しい貧

4

困層が、生活・支援などの公的・民間支援や生活・就職に関するインターネット上の正確な情報に

たどり着けないために、生活困難から抜け出すための支援を申請できず、就労や自立に資する適

切な支援を得られない事例が多いという。

<貧困者が IT リテラシーを身につける難しさ>

今まで情報教育の機会に恵まれず、IT リテラシーが不十分な貧困者が支援を受けづらい状況に

ある場合、自力で ICT 機器を購入して、それを使いながら生活や仕事に必要な IT リテラシーを身

につけていくことは、IT リテラシーを自在に駆使して生活している人々が想像するより困難である。

まず、使用方法について購入後1年間の電話サポートサービスを受けられるような PC など、新品

の ICT 機器は、貧困者にとって高額であり、購入しづらい。一方、安価で使いやすい中古の機器

を購入して、メンテナンスをしながら安全に使い続けるためには、機器の操作や情報収集、セキュリ

ティ面で、そもそも一定の IT リテラシーを要するので、IT リテラシーが不十分な貧困者にとっては

難しい。

また、通信データ量の上限がないインターネット接続サービスも、貧困者にとっては高額で、契約

を維持しづらい6。一方、そうしたネット接続サービスを補うために、コンビニエンスストアや飲食店な

ど、ICT 機器を座って利用できる場所で、無料の公衆無線 LAN サービスを使用する場合は、一定

時間ごとに商品の購入を求められることが一般的で、長居には費用がかかってしまうことが多い7。

しかも、公衆無線 LAN サービスは、利用希望者数に対して整備が十分進んでいない。そのため、

多数の利用者が同じ場所で同時に使用して混雑し、回線速度が遅い環境になってしまっていたり、

無線 LAN アクセスポイントの設定に問題があるために、情報セキュリティ上のリスクが高い環境に

なってしまっていることも多い(MMD 研究所、マカフィー株式会社「公衆無線 LAN 利用者実態調

査」2017 年 11 月)。

<世代別支援の必要性>

IT リテラシーが不十分な貧困者の問題を解決するためには、最終的にはすべての人が最低限

の IT リテラシーを身につけられるようにすることが必要である。しかし、必要とされる IT リテラシー

6 例えば、通信データ量の制限がないインターネット接続サービスを自宅で利用する場合、全国展開する家電量販

店で店頭契約可能なプランの最低利用料は、実質約 4,500〜5,400 円/月(税込)である(2018 年 6 月 14 日時

点)。これは、ほとんどのインターネット接続サービスが利用条件としている、1年以上の利用期間を確約するプラン

の中途解約手数料(違約金)の支払いを加味したものである(なお、月額利用料を 2 ヶ月以上滞納した場合、強制

解約とする契約が一般的である)。 7 全国各地にある入館料無料の公共図書館の中には、公衆無線 LAN サービスが利用可能なものも多数あるが、

一部の大型館や新装館を除いて、PC の使用が許可されている座席の数は一般的にごく限られている。また、それ

以外のオープンスペースの座席では、キーボード入力音が他の利用者に対する騒音になってしまい、使用停止を

命じられる場合もあるので、PC を持ち込んで長時間 IT リテラシー学習を行うには不向きである。

5

のレベルや要素の重点は、すべての人に均一なものではなく、例えば世代ごとに異なる。現状も各

世代で異なるので、支援方法も世代別に分けて考える必要がある。そこで筆者はまず、若年層(お

おむね 15~44 歳程度)、中高年層(45~64 歳程度)、高齢者層(65 歳以上)の世代別に、最低限

必要とされる IT リテラシーについて調査・検討した。

一般的に、若年層で IT リテラシーが不十分な貧困者は、今後様々な職場環境に対応しつつ自

分の強みを活かしてスキルアップを図っていくために、たとえ肉体労働中心の職を希望する場合で

あっても、PC を使った幅広い業務に応用可能なレベルの IT リテラシーを身につける必要がある。

一方、中高年層の貧困者は、経験を活かせる仕事をする必要があるので、今までこなしてきた業務

のデジタル化に最低限対応できる程度の、基礎的な IT リテラシーを必要としている。

他方、高齢者層の貧困者は、職業生活より日常生活の維持・向上のために、最低限の IT リテラ

シーを必要としている。すなわち、必要な生活支援を申請・利用してある程度自立し、社会的孤立

や詐欺などのトラブルを防いで安全な日常生活を維持するために、最低限の IT リテラシーを必要

としている。

2.2 先行研究

<IT リテラシーの定義>

では、先行研究の実態はどうなっているのであろうか。まず、IT リテラシーの定義は、2013 年の

閣議決定「世界最先端 IT 国家創造宣言」(6 月 14 日)に則った政府定義があり、「情報機器の操

作取扱いに加え、主体的に情報源やそこから得られる情報を取捨選択し、収集・活用できる能力」

とされている(同日付 IT 総合戦略本部決定の「用語集」)。

これは、機器や OS・アプリの操作能力といった従来のいわゆるコンピューターリテラシー(操作系

リテラシー)の要素と、情報検索やその活用能力といった従来のいわゆるメディアリテラシー(情報

活用系リテラシー)の要素を併せ持ったものとみなせる。そして、各省庁における IT リテラシー(経

済産業省)や ICT リテラシー(総務省・文部科学省)、情報活用能力(文部科学省)に対応するもの

とみなせる。

また、その後同年 12 月に内閣 IT 戦略本部決定「創造的 IT 人材育成方針」で定められた「すべ

ての国民が必要とする「情報の利活用力」」の構成要素は、「情報の読解・活用能力」など情報活

用系 IT リテラシーの要素と、「情報安全に関する知識・技能」など情報セキュリティ対策を行い、個

人・顧客情報などを安全に扱う能力といった、従来のいわゆる情報セキュリティリテラシー(ルール

系リテラシー)の要素を併せ持ったものとみなせる。

よって、以下本論では、こうした政府での用法・用例と、国際的な最新動向を踏まえて、IT リテラ

シーの定義は上述の政府定義を使用する。その各要素は、操作系、情報活用系、ルール系の IT

リテラシーに分けて考えることとする(図表 1)。

6

<能力開発の課題>

次に、先行研究では、全世代の能力開発の課題として、幅広い年齢層の成人向けに、公的な IT

リテラシー教育訓練プログラムが必要だということが指摘されている。近年の海外研究では OECD

(2013)が、日本を含む各国での定量的調査にもとづき、IT リテラシーは「成人社会における様々な

場面や仕事に関連する状況に関連があり、労働市場、教育訓練、社会生活及び市民生活に、そ

の構成員として十分に参加するために必要」な「キー・スキル」の要素として、能力開発の対象とす

べきとしている。

Bode & Gold (2017)は、G20 サミット向けの政策提言論文で、日本を含む「G20 諸国は、労働者

の一般技能のうち、特にデジタルスキル等を向上させることに焦点をおいた公的な成人向け訓練

プログラムを設けるべきである」と結論づけている。また、Ferro, Helbig & Gil-Garcia (2011)は、ヨー

ロッパでの定量的研究の結果から、IT リテラシー獲得のための自習(self-learning)の重要性を指

摘している。一方、国内研究では、例えば藤野 (2015)が、定量的調査にもとづいて、日本の「生涯

学習政策上の課題」として「様々な学習活動等を通じて幅広い年齢層の IT リテラシーの向上を図

る必要がある」ことを強く主張している。

図表 1 本論における IT リテラシーの主な構成要素

(出所)内閣 IT 総合戦略本部決定「世界最先端 IT 国家創造宣言」(2013 年)などから筆者作成

世代別の能力開発については、各世代別の実情に合った IT リテラシーの教育機会が足りないこ

とが、課題として先行研究で指摘されている。中高年層だけでなく、デジタルネイティブとみなされ

7

る若年層であっても、平均的な高校の卒業時点では、基本的な事務作業ができるレベルの操作系

IT リテラシーに至っていないという実態が、複数の先行研究で指摘されている。

若年層の無業者に関する定量的調査を行った工藤・新宅(2015)は、PC を使う仕事に最低限必

要な操作系 IT リテラシーを高める NPO の支援プログラムに一定の効果が見込めることを示しつつ、

アルバイトなど非正規雇用しか経験していない若年層が、IT リテラシーを向上させる機会を欠いて

いる実態を明らかにしている。また和上 (2016)は、大学新入生の操作系 IT リテラシーが、キーボ

ードの操作訓練が必要なレベルであることを指摘している。

中高年層については、国立教育政策研究所 (2013)で扱われている定量的調査が、55〜65 歳の

低い IT リテラシーで、どの程度の事務作業が可能かを明らかにしている。そして高齢者層につい

ては、インタビューなどの定性的調査を行った工藤 (2011)が、「高齢者の IT リテラシー教育の充実

が急務」であるにもかかわらず、高齢者層が求める理解しやすい情報や教育手段が不足している

ことを指摘している。

2.3 本研究の意義

社会のデジタル化に関する従来の研究や政策形成の場における議論では、ネットワークインフラ

や地理的な制約条件などの環境要因が、デジタル・ディバイド問題の中心であるという前提に立っ

て、その対策を論じることが多かった(Ferro, Helbig & Gil-Garcia 2011)。一方筆者は、そのような

前提に基づく海外のデジタル・ディバイド対策の失敗(Toyama 2015)や、本研究のために行った国

内調査の結果から、職業や日常生活に必須な能力になりつつある IT リテラシーの有無こそが、デ

ジタル・ディバイドの新たな側面として、問題の中心になりつつあると考えるに至った。

社会のデジタル化に対応するために必要とされる IT リテラシーの種類やレベル、適応力は、世

代によって差がある。しかし、IT リテラシー問題に関する先行研究では、高齢者層に関する議論は

あったが、若年層に関する議論は不足している。中高年層と高齢者層は異なる課題を抱えている

にもかかわらず、両者を区別した対策に関する議論も、ほとんどなかった。さらに、IT リテラシー問

題の検討対象を貧困者に絞り込んだ上で、日本における当面の世代別対策のあり方を体系的に

論じた先行研究も、ほとんど存在しない。

よって、本研究の意義は、世代別に貧困者の IT リテラシー問題の実態や、現行対策の課題を明

らかにして、短期的に実施しやすい打開策を検討し、それらを体系的に整理することであると考え

る。以下では、こうした意義を念頭に、先行研究の成果を踏まえた議論を進める。

8

3. 世代①「若年層の貧困者にとっての IT リテラシー問題と対策」

3.1 問題の実態

IT リテラシーが不十分な若年層の貧困者にとって最大の問題は、企業が求めるレベルの PC を

使った業務に必要な IT リテラシーが不足していることである。こうした若年層は、国内に 91 万~

166 万人 (同世代の 2.1~3.8%)いると試算できる(図表 2)。

図表 2 IT リテラシーが不十分な若年貧困者の類型・試算値

(出所) 「平成 27 年国勢調査」、内閣府「消費動向調査」などから筆者作成

*1 低所得:2012 年の所得 150 万円未満(相対的貧困層や生活保護受給者と同レベル)

*2 非労働力人口:OECD の日本調査データを使った分析で IT リテラシー不足であった類型

若年層の貧困者には、幼いころからデジタル機器に接してきたデジタルネイティブ(1980 年前後

以降に生まれた世代)の世代も含まれている。一般的にこの世代の貧困者は、ゲーム機やスマホ

は使いこなせても、PCでワープロや表計算などの基本的な業務ソフトウェアを使う経験が不足して

いる。情報活用や情報セキュリティの面でも、企業に求められる知識やスキルに欠けていることも多

い。なかでも、職務経験がパート・アルバイトなどの非正規雇用に限られる無業者の若年層は、PC

を使う業務に携わった時間が短いので、IT リテラシーが特に不足しがちである(工藤・新宅 2015)。

自宅で PC を使って IT リテラシーを身につけづらいのも、若年層貧困者の特徴である。内閣府

の「消費動向調査」によると、自宅に PC がない若年層の割合は年々増えており、15〜44 歳の若

年無業者の 8〜9 割は、PC 等を使った情報処理学習を行っておらず、PC の IT リテラシーを能動

的に育めていない(総務省 統計局「平成 28 年社会生活基本調査結果」)。

しかし、PC を使う仕事が少なく肉体労働が多い職業であっても、基本的な文書作成作業ができ

る程度の IT リテラシーは、必要不可欠になりつつある(岡本 2015;小川 2015)。しかも、若年層が

職に就く際、身につけていることが当然とされる IT リテラシーのレベルは、他の世代より高いのが

一般的である。こうした背景から、基本的な PC の IT リテラシーが不十分な若年層の貧困者は、知

的労働が中心の職業はもちろんのこと、たとえ肉体労働が中心の職業を希望した場合でも、自分

の強みを活かしてスキルアップを図っていけるような、安定した職に就くことが難しくなってきている。

そこで、若年層の貧困者には、就業者として社会参加を始める際に期待されるレベルの IT リテラ

シーを身につけるための、教育機会が必要である。特に、PC の操作系 IT リテラシーと、マルチデ

バイスの情報活用系・ルール系 IT リテラシーを訓練する機会を提供する必要がある。

9

3.2 現行の対策

現行の対策では、操作系 IT リテラシー習得が可能である。高校卒業後に職場外・自宅外で行う

対策の代表的なものは、大学や短大、職業訓練を行う各種学校と、NPO で実施されている教育プ

ログラムである。大学の在学 4 年間で操作系 IT リテラシーが向上可能なことが報告されており

(森・佐藤・松本 2013)、短大でも卒業までに一定の操作系 IT リテラシーを習得できることが報告さ

れている(岡本 2015)。しかし、経済的理由から、進学・卒業を諦める若年層貧困者も少なくない。

一方、比較的少ない出費で通える都立職業訓練校では、おおむね 30 歳以下を対象として、PC

の操作系 IT リテラシーの実習訓練が行われている。こうした実習訓練は、電気工事科など、必ず

しも ICT を専門的に扱わない職業への就業を目指すコースでも行われており、就職後に求められ

る実践的な操作系 IT リテラシーを習得することが可能である8。しかし、求職意欲の低い貧困者が、

訓練コースの厳しさに耐えかねて、途中で退校するケースもあるという。

『平成 28 年版子ども・若者白書』によれば、ニートや離職率の高い高卒の就職者が、無職にな

ってから求職しなくなる理由としては、「知識・能力に自信がない」ことが多い。そのような自信のな

い若年層に対応する NPO の支援プログラムでは、PC を操作できるという自信を高めることが、将

来に前向きな姿勢を持たせるのに有効であるとして、操作系 IT リテラシーの訓練を行っているもの

がある。「若者 UP プロジェクト」では、業務アプリの無料講習などを通じて、仕事で PC を使う自信

という形での自己効力感が高まった参加者が約 66%、「将来について考え方が広がった、または、

前向きになった」という参加者が約 41%に上ることが報告されている9。

3.3 現行対策の課題

若年層の IT リテラシー問題に対する現行対策は、ほとんどが操作系 IT リテラシーを身につける

ためのものに限られている。情報活用系・ルール系 IT リテラシーの訓練機会が不足していることが

課題である。

3.4 参考となる事例・情報

こうした現行対策の課題に対する打開策を考える上で、4 つの事例・情報を参考にした。まず、文

部科学省(2015)の「「情報活用能力調査」の結果から見る指導改善のポイント」は、同省の調査・

研究をもとに、情報活用能力を向上させるための教育の要点をまとめた事例集である。学校での

8 例えば、都立職業能力開発センターの赤羽根校では、年間全体時限数の 2%(36 時限)が操作系 IT リテラシー

実習に充てられている(2015 年度実績。都立職業能力開発センターの事業概要、講師へのインタビューによる)。 9 同プロジェクトでは、日本マイクロソフト社の支援を受けて専用教材を開発し、NPO 団体のスタッフに「マイクロソフ

ト認定トレーナー養成コース」を受講させて講師の養成を図ることで、受講生が操作系 IT リテラシーのスキル認定

資格である「マイクロソフト オフィススペシャリスト(MOS)」の試験を受験しやすくしている点も特徴的である(出所:

若者 UP プロジェクト HP[http://www.wakamono-up.jp/guide/index.html])。

10

実践事例に基づいて、デジタルネイティブの若年層に不足しがちな情報活用系 IT リテラシーの各

要素別に、教育方法の具体例が示されている(図表 3)。初学者向けでありながら実践的な内容で

あるため、スマホから視聴可能な若年層向けの e ラーニング教材や、各地域の図書館で行う無料

講習会のための教材を開発する際に、ガイドラインとして活用できると考えられる。

図表 3 文科省「「情報活用能力調査」の結果から見る指導改善のポイント」抜粋

(出所)文科省(2015)から筆者作成

また、若年層向けの「e ラーニングシステムを利用した技術承継」の実践も、参考になる事例であ

る。既存の無料システムを利用した独立行政法人水資源機構岩屋ダム管理所の事例は、教材開

発の初心者であっても、若年層向けの e ラーニング教材を開発・運用でき、一定の教育効果を上

げられる可能性を示している(樋口 2016)。

さらに、アメリカの公共図書館における情報活用系 IT リテラシーの生涯教育の実践と研究の蓄

積は、図書館における情報活用系 IT リテラシー教育の有効性、実施可能性を示している(図表

4)。若年層貧困者を含む全国民の情報活用系 IT リテラシーを社会適応に十分なレベルに引き上

げるという全国目標のもと、各地域の公共図書館が地域住民の IT リテラシー教育を続けている10。

一方、ルール系 IT リテラシーに関する情報セキュリティ教育のカリキュラムを考える際には、独立

行政法人情報処理推進機構(IPA)が実施する「情報セキュリティマネジメント試験」のシラバスを参

照するのが有効であるとする先行研究(佐藤 2016)がある。同試験は、仕事で個人情報を扱う全て

の人が身につけておく必要があるレベルとされているので、若年層に必要なレベルのルール系 IT

リテラシー教育を検討する際、そのシラバスが有用であると考えられる。

10 American Library Association / Public Library Association (PLA) (2014) “PLA Strategic Plan,”

<http://www.ala.org/pla/about/documents/strategicplan>.

11

図表 4 アメリカの公共図書館における情報活用系 IT リテラシー教育の実践と研究の蓄積

(出所)薬師院(2008)、Rosa (2016)などから筆者作成

3.5 現行対策の課題に対する打開策

このような事例・情報を参考にすると、現行対策の課題に対して、例えば図表 5 の右表のような打

開策が考えられる。

図表 5 若年層貧困者の IT リテラシー問題への対策の参考となる事例・情報と打開策の関係

(出所)筆者作成

まず、情報活用系 IT リテラシーの訓練強化のためには、「「情報活用能力調査」の結果から見る

指導改善のポイント」などを応用して、スマホから利用可能な e ラーニング教材を無料配布する施

策が、有効であると考えられる。公共職業訓練の実施主体や若年層支援を行う NPO が、スマホと

PC 両方における情報活用に対応した e ラーニング教材を開発して、無料配布する施策である。

十分な IT リテラシー獲得には、比較的長い習熟期間が必要であり、自習(self-learning)機会が

重要である(Ferro, Helbig & Gil-Garcia 2011)。しかし、IT リテラシーが不十分な若年層貧困者

は、データ通信量の上限を気にせず使えるネット接続環境を自宅に持たず、スマホを持っていても、

12

データ通信量の制限が厳しい格安 SIM しか利用できないことが多い。そこで、そのような若年層貧

困者が、ネット接続環境が整っていない自宅などでも何度も閲覧して使えるように、公衆無線 LAN

などからのダウンロード後にはデータ通信を要さないような、スマホ用のオフライン e ラーニングア

プリを開発する必要がある。

情報活用系 IT リテラシーの訓練を強化する補助的な施策としては、アメリカの公共図書館にお

ける IT リテラシー教育の事例・教材や、前述「情報活用能力調査」の内容を参考にして、地域図

書館での無料相談受付や、定期的な無料講習会の内容を充実させることも有効であると考えられ

る。図書館での施策は、就職に直結するプレッシャーを感じて職業訓練を苦手とするような若年層

貧困者でも参加しやすい。

一方、ルール系 IT リテラシーの訓練強化のためには、若年層貧困者が IT リテラシー教育を受

ける公共職業訓練校などで、操作系 IT リテラシーの訓練機会を提供している講師に「情報セキュ

リティマネジメント試験」を受験させ、資格を取得させることが有効であると考えられる。情報セキュリ

ティ教育の面での講師の能力強化を図り、資格取得で得た知識を既存の訓練カリキュラムに加味

させて、ルール系 IT リテラシーに関する訓練機会を拡充できる。

13

4. 世代②「中高年層の貧困者にとっての IT リテラシー問題と対策」

4.1 問題の実態

IT リテラシーが不十分な中高年層の貧困者が抱えている最大の問題は、基礎的な IT リテラシー

がないために、今や単純労働のパート・アルバイトや肉体労働が中心の職にさえも及びつつある、

業務内容のデジタル化に対応できないことである。こうした人々は、国内に 84 万~178 万人 (同

世代の 2. 6~ 5.5%)いると試算できる(図表 6)。

図表 6 IT リテラシーが不十分な中高年貧困者の類型・試算値

(出所)「平成 27 年国勢調査」、内閣府「消費動向調査」などから筆者作成

*1 低所得:2012 年の所得 150 万円未満(相対的貧困層や生活保護受給者と同レベル)

*2 非労働力人口:OECD(2012)の日本調査データを使った分析で IT リテラシー不足であった類型(例:受信メー

ルのフォルダ仕分けはできるが、エクセル等のデータソート機能が使えない)

まず、日本の中高年層の IT リテラシーは、若年層より有意に低い。2012 年の OECD の調査によ

ると、45〜54 歳の 2 割強、55〜64 歳の同半数弱は、マウスを使う能力などの「最も初歩的な」操作

系 IT リテラシーを欠いていたという(OECD 2016)。

これは、一般的に業務上 PC の高度な IT リテラシーが要求されず、中高年層でも就職しやすい

とされる警備系、接客系、家事系、介護系などの職種であっても、業務に支障が出る場合があるレ

ベルの IT リテラシーである。IT リテラシーのレベルと職場・家庭での ICT 機器を使う頻度には「強

い正の関連」があるという調査結果が出ているので(国立教育政策研究所 2013)、ICT 機器の保

有率・使用頻度が低い中高年層貧困者の IT リテラシーは、相当低いレベルであると考えられる。

中高年層の貧困者の多くは、職場で ICT 機器を使った業務に携わった経験が乏しい。しかも、

私用のスマホや PC は、購入費用や月々のネット接続通信料が貧困者には高額であり、債務履歴

によって、分割払いや月々使用料の適格審査に落ちてしまうケースも多い。

そこで、中高年層貧困者の IT リテラシー習熟機会の乏しさを補う教育支援が必要である。今まで

の職業経験を活かして管理業務を担うためだけでなく、中高年層でも就職しやすい職種で働き続

けられるようにするためにも、業務に最低限必要な IT リテラシーを身につける再教育の機会を提

供することが重要である。

14

4.2 現行の対策

現行の対策では、中高年層向けの公共職業訓練で、操作系 IT リテラシーの訓練ができる。東京

都が実施する施設内職業訓練では、職場を再現した施設で実務に即した訓練を行っている。その

一環として、ホテル等の接客系、ビル管理・施設警備系、清掃系の職で求められるオフィスソフトを

使った業務に対応できる程度の、基本的な操作系 IT リテラシーを身につける訓練を行っている。

東京都の中高年層向け民間委託訓練では、経理や経営管理など事務系の職のための訓練コー

スで、主にオフィスソフトを使うための操作系 IT リテラシーの訓練を行っている。中高年層向けに

特化しており、会計ソフトなどの使用方法を基礎から丁寧に指導するので、就職後の実務に必要

なレベルの操作系 IT リテラシーを身につける受講者が多いという。

4.3 現行対策の課題

一方、情報活用系・ルール系 IT リテラシーの訓練機会が不足していることは課題である。現行の

対策が、主に操作系 IT リテラシーを身につけるための訓練だからである。

また、訓練に関する情報の周知にも課題がある。公的な職業訓練の制度や実施主体は多数あり、

仕組みが複雑である。IT リテラシーが不十分な貧困者には、インターネットを使った情報収集は難

しいので、公的な職業訓練の内容やメリット、受講者からの評価や訓練後の就職実績が、IT リテラ

シーが不十分な中高年層の貧困者に伝わりづらい。

しかも、訓練を比較検討するのに必要なこうした情報は、職業安定所スタッフからも伝わりづらい。

安定所のスタッフが、窓口で一人ひとりの求職相談者に割ける時間は限られている。安定所スタッ

フ自身が経験の浅い臨時職員で、制度全体を把握していないことも少なくない。しかも、訓練に参

加した求職者が訓練校の管理する求人案件から就職した場合に、その訓練校を紹介した安定所

スタッフ自身の実績として加味されないことも多いので11、こうしたケースを避けようとするスタッフも

いる。12

4.4 参考となる事例・情報

次に、こうした現行対策の課題に対する打開策を考える上で、4 つの事例・情報を参考にした。ま

ず、e ラーニングコンテンツを利用して中高年層の派遣社員に再教育を行う事例が、効果的な教

育方法の参考になる。2016 年 9 月の改正労働者派遣法施行にともなって、派遣会社は派遣社員

11 厚労省の出先機関である公共職業安定所における求職者の就職率は、都道府県などが設置した職業訓練校が

開拓・受理した求人案件の就職実績を含まないと定義されている(出所:厚生労働省 (2010) 「平成 22 年度 実績

評価書(平成 21 年度の実績の評価)要旨:「公共職業安定機関等における需給調整機能の強化及び労働者派遣

事業等の適正な運営を確保すること」について」)。 12 首都圏の公共職業安定所スタッフや求職者のコメントによる。

15

のキャリア形成支援を義務付けられた。そこで、IT リテラシーの低い学習者に対応した e ラーニン

グコンテンツを利用して、中高年層の再教育を行う事例が増えている。

派遣業の業界団体である一般社団法人日本人材派遣協会の後押しもあり、中高年層のキャリア

アップ支援に対応した e ラーニング研修システムも数多く開発され13、利用されている。こうした動

向は、IT リテラシーが低い中高年層の能力開発における e ラーニングの利用可能性を示している。

次に、訓練に関する情報の周知については、全国市町村内の各区域で活動する民生委員の役

割がまず参考になる。民生委員は、同僚や地域社会福祉の関係機関と連携して、中高年層貧困

者を含む地域住民の生活実態を把握し、生活相談に応じている。また、地域住民の生活向上に資

する公的な支援制度の最新動向を紹介し、地域住民に制度利用を斡旋する役割も担っている(民

生委員法第 18 条)。各地域の中高年層貧困者と定期的に対面して、一定の信頼を得ている民生

委員は、職業訓練に関する周知や制度利用の斡旋も、より積極的に行える可能性がある14。

さらに、中高年層がよく利用するコンビニエンスストア(コンビニ)で、行政情報を発信している事

例も、公的な訓練制度に関する情報周知の参考になる。中高年層がよく読む自治体の広報紙をコ

ンビニで配布することは、中高年層に公的制度を周知するための重要な手段である。

現在では若年層に限らず、中高年層もコンビニをよく利用するようになってきている。例えば、1

万人を対象にした 2012 年の調査では、中高年層は男女とも週 1 回以上コンビニに来店すること

がわかっており、年々その頻度は高まってきている(日戸 2012)。

一方、中高年層は自治体広報紙をよく読んでいる。実際、東京 23 区に隣接する 1 自治体と、茨

城県と静岡県の 2 自治体で行われた調査(2008 年、2014 年)によると、自治体の広報紙を「毎号

読んでいる」、「ほとんど毎号読む」と答えた中高年層は約 6〜7 割強であった(藤本 2017)。

そのため、コンビニにおける自治体広報紙の配布による情報発信は、中高年層に情報を伝える

ための重要な手段になりつつある。すでに、香川県や藤沢市など、自治体がコンビニと包括協定を

結ぶなどして、地域内のコンビニ各店舗で行政情報の発信を行う事例が各地にある。船橋市のよう

に、コンビニに「インフォメーションセンター」を設置し、飲食しながら自治体の広報紙などを 24 時

間閲覧できるよう、イートインコーナーを設ける例もある。

しかも大手コンビニエンスストア各社は、利用客ニーズの高まりを受けて、イートインコーナーの設

置店舗を増やしていく計画・方針を発表しているので、今後はコンビニのイートインコーナーに長く

滞在する中高年層が増えると予想される。よって、コンビニでの自治体広報紙の無料配布は、公的

制度を中高年に周知する上で、ますます重要な施策になっていくと考えられる。

13 例:株式会社 manebi「e ラーニングシステム「派遣のミカタ☆」」2018 年 1 月 18 日閲覧、<https://haken-no-

mikata.com>;株式会社クロスリンク「製造派遣のためのキャリアアップ支援サービス Cross Learning」2018 年 1 月

18 日閲覧、<https://crosslink.jp.net/crosslearning/> 14 民生委員がタブレット端末の研修を受け、支援業務に試験活用した佐賀市の例が参考になる(佐賀市 2014)。

16

最後に、マイナンバー制度における情報追跡の可能性も参考になる。マイナンバー法(「行政手

続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」)の第九条と別表第一によ

ると、厚生労働大臣の省令で定めることにより、公共職業安定所で求職者が登録するマイナンバ

ーを使って、就職時まで追跡することが認められていると解釈できる。つまり、公共職業安定所が

求職者に職業訓練校を紹介して、求職者が訓練生になり、訓練校の職業紹介事業を通じて就職

に至った場合、その過程を追跡して実態を把握することも、認められる可能性が高いと言える。

すでに海外では、例えば韓国の共通番号制度である「住民登録番号」制度のもと、民間の職業

訓練施設においても、訓練生の就職実態の追跡のために、住民登録番号が活用されている(国際

大学グローバル・コミュニケーション・センター 2012)。そのため、日本の共通番号制度であるマイ

ナンバー制度においても、職業訓練生の情報追跡を行うことは、技術的に可能であると考えられる。

つまり、公共職業安定所で登録した求職者の就職実態を、求職者が職業訓練校から就職するま

で追跡・集計する施策は、法的にも、技術的にも可能であると考えられ、参考となる海外での実施

実績もある。国内でもこうした情報追跡を実施すれば、職業訓練校の求人案件に応じた求職者の

就職実績を、訓練校を求職者に紹介した公共職業安定所の実績として勘案しやすくなると考えら

れる。そうすれば、公共職業安定所のスタッフにとっては、就職実績の優れた訓練校を求職者に紹

介する動機が強まり、優れた職業訓練プログラムへのアクセスが改善されると考えられる。

4.5 現行対策の課題に対する打開策

このような事例・情報を参考にすると、現行対策の課題に対して、例えば図表 7 の右表のような打

開策が考えられる。

図表 7 中高年層貧困者の IT リテラシー問題への対策の参考となる事例・情報と打開策の関係

(出所)筆者作成

17

まず、情報活用・情報セキュリティ面で IT リテラシーを補完するために、公共職業訓練の実施主

体や業界団体が中心となって、職場向けの e ラーニング教材を開発・提供して、職場教育を促す

施策が有効と考えられる。事前に職場でのPC使用許可などの協力要請を行ったうえで、公共職業

安定所で登録する求職者情報を利用すれば、職業紹介事業で就職した者への開講通知や効果

測定が行えるので、教材内容などの施策改善を継続していくことも可能であろう。

職場での利用に適した e ラーニングシステムの普及は進んでおり、コンプライアンス教育などの

ために、中高年労働者に特化した e ラーニング研修を実施する企業も、派遣業界を中心に増えて

いる。情報活用・情報セキュリティ面で IT リテラシーを補完する e ラーニング研修についても、就

業者の能力向上による業務改善のメリットを説明すれば、企業からの実施協力も得られやすくなる

であろう。また、厚生労働省の人材開発支援助成金制度などを利用することで、費用面での企業

負担を軽減可能であることも、企業の理解を得るために周知する必要がある。

次に、訓練のメリット・実績を、IT リテラシーが不十分な中高年層の貧困者に理解してもらうことも

必要である。民生委員による説明や、コンビニのイートインスペースにおける自治体広報紙の無料

配布など、IT リテラシーの低い求職者が情報を受け取りやすく、後から利用しやすい形で情報を

伝える周知策が必要である。記憶に残りやすい対面説明の機会充実に加えて、手元に残りやすく、

IT リテラシーを要さず簡単に見返せる紙媒体を使うことが重要である。

また、就職実績の優れた施設内訓練校へのアクセスを改善する上で、訓練校経由の就職実績を

公共職業安定所の実績に勘案しやすくする必要がある。そのためには、マイナンバー制度などを

利用して、安定所で登録した訓練者が就職に至るまでの過程を追跡し、その情報を集計すること

が有効であると考えられる。

18

5. 世代③「高齢者層の貧困者にとっての IT リテラシー問題と対策」

5.1 問題の実態

IT リテラシーが不十分な高齢者層の貧困者にとって最大の問題は、最低限の IT リテラシーがな

いために、生活支援サービスなどを申請・利用して、自立した生活を送ることが難しくなってきてい

ることである。特に伝統的な地域コミュニティにつながりづらい場合、社会的に孤立してしまい、健

全で安全な社会生活の維持が難しくなりつつある。こうした高齢者は、国内に 59 万~434 万人

(同世代の 1.8~13.0%)いると試算できる(図表 8)。

図表 8 IT リテラシーが不十分な高齢貧困者の類型・試算値

(出所)「平成 27 年国勢調査」、内閣府「消費動向調査」などから筆者作成

*1 低所得:2012 年の所得 150 万円未満(相対的貧困層や生活保護受給者と同レベル)

*2 非労働力人口:OECD (2012)の日本調査データを使った分析で IT リテラシー不足(受信メールのフォルダ仕分

けはできるが、エクセル等のデータソート機能が使えないレベル)であった類型

高齢者層の貧困者は、携帯電話以外の ICT 機器を駆使して生活を送った経験が乏しいことが

一般的で、日常生活に役立つ IT リテラシーを身につけてこなかった。地域のコミュニティが活発で

あった時代には、たとえそうした IT リテラシーがなくても、地域の人々と助け合いながら社会生活を

送れた。

だが現在では、地域住民同士の交流が少ない都市部や新興住宅地、高齢化が進む過疎地域な

どを中心に、そうしたコミュニティは弱体化している。高齢者の他者との接触の機会は少なくなり、

相互扶助が難しくなっている(内閣府『平成 27 年版高齢社会白書』)。地域コミュニティに頼れず

孤立しがちな高齢者層の貧困者にとっては、日常生活を維持するためにインターネットサービスを

利用できる最低限の IT リテラシーが、重要な生活力の要素になりつつある。

インターネットサービスを活用して安全な生活を送るためには、操作系 IT リテラシーに加えて、

情報活用系とルール系の IT リテラシーも身につける必要がある。現在、架空請求などのインター

ネットを利用した特殊詐欺の被害にあう高齢者は増加傾向にある。仮想通貨を悪用するなど手口

が高度化しており、IT リテラシーが不十分であるにもかかわらず、無理に自力で解決を試みて被害

にあう高齢者も増加している(消費者庁『平成 29 年版消費者白書』)。身の回りの他者に相談でき

ず、孤立しがちな多くの高齢者が、詐欺の予防や対抗策に関する正確な最新情報にアクセスでき

るレベルの情報活用系・ルール系 IT リテラシーをもたないまま、被害にあっていると考えられる。

19

こうした現状を考慮すると、職業訓練の必要性や適応力が低い高齢者層の貧困者であっても、

孤立しながらも自律的な生活を安全に送るためには、ICT 機器を使うための初歩的な操作系の要

素に加えて、情報活用系・ルール系の要素も含めた最低限の IT リテラシーを生活力として身に

つける必要がある。そこで、高齢者の適応力の低さを補いながら、能力開発を助ける必要がある。

5.2 現行の対策

現行の対策では、いわゆる買い物弱者対策や独習教材を通じて、操作系 IT リテラシーの習得が

可能である。PC に限らず、タブレットやスマホの操作系 IT リテラシーのための対策例も各地にある。

各省庁・自治体の買い物弱者対策では、自宅から最寄りの店舗が遠すぎることなどから生活用品

を購入する手段が限られる高齢者を対象に、操作系 IT リテラシーを高める施策が実施されてきた

(総務省 行政評価局 2017)。政府の「創造的 IT 人材育成方針」(2013 年)では「IT リテラシー教

育の充実・改善」指標(KPI)の詳細項目として、「高齢者(買い物難民)のネット購買・電子決済の

利用者数、提供サービス数」が定められているので、高齢者の操作系 IT リテラシーを高めるため

の公的施策は、今後も続けられていくであろう。

操作系 IT リテラシーの独習教材には、高齢者自身が著者・作者であり、高齢者層特有の課題に

配慮した丁寧な解説が特徴の電子書籍や PC・スマホアプリ、ブログがある。これらの中には、

iPhone アプリ「スマホの勉強」シリーズ(www.tomiji.net)など、費用を抑えて開発された無料や廉価

版のものながらも、高齢者や支援者の高評価を得ているものもある。

5.3 現行対策の課題

一方、現行対策の課題としては、従来の地域コミュニティに参加しづらい孤立した高齢者向けの

対策が不十分なことがまず挙げられる。2017 年 5 月の閣議決定「世界最先端 IT 国家創造宣言」

や、6 月の同「未来投資戦略 2017」に則った政府の現政策は「従来の地域コミュニティの参加者」

である高齢者が主な対象である(総務省 (2017) 「IoT 人材創造プラン」や、厚労省・文科省の従来

の政策も同様)。一方、対面講習が難しい地域の高齢者や、その他の理由で従来の地域コミュニ

ティに参加しづらく、孤立した高齢者を対象とした対策は限られている。

また、情報活用系・ルール系 IT リテラシーの訓練や、それを助ける手段が不足していることも課

題である。孤立しがちな高齢者層の貧困者が使いやすい独習教材を開発する必要がある。

5.4 参考となる事例・情報

こうした現行対策の課題に対する打開策を考える上では、以下の 4 つの事例・情報を参考にした。

まず、IT リテラシーが必要な社会への変化が進んでいる「電子政府先進国」の先進事例は、高齢

者層でも能力開発によって生活に必要な IT リテラシーを獲得できることを示している(図表 9)。韓

国やデンマーク、エストニアにおける高齢者向け IT リテラシー教育の実施状況からは、政府の強

20

力なイニシアチブのもと、自治体や市民団体が協力すれば、高齢者層の生活力として、基礎的 IT

リテラシーを普及させられる可能性があることがわかる。

図表 9 電子政府先進国の高齢者層向け IT リテラシー教育の実施状況

(出所)Digitaliseringsstyrelsen (2015)、アリキヴィ・前田(2016)などから筆者作成

*国連の 2016 年版「世界電子政府ランキング」(United Nations E-Government Survey 2016)

だが、こうした海外事例のように対面講習で能力開発を行う方式は、地域コミュニティから孤立し

た高齢者層の貧困者を対象にすると、過大なコストがかかり、実施不可能な場合もある。高齢者が

1 人で学べる独習教材の開発・提供を行う方式を検討する必要がある。

そこで次に、国内のシルバー人材センターや、高齢者向けの ICT 機器導入支援のための対面

相談窓口を運営する NPO などの地域的公益団体、高齢者層のオンラインコミュニティの知見が参

考になる。高齢者層にわかりやすく、受け入れやすい IT リテラシーの独習支援方法や、学習意欲

の維持・向上ノウハウを蓄積しているからである。

各地のシルバー人材センターでは、高齢者人材を生かして、高齢者層のための IT リテラシー教

育や PC 入力業務を行っている。高齢者向けの対面相談窓口を運営している三鷹市の NPO「シニ

ア SOHO 普及サロン三鷹」や、高齢者層のオンラインコミュニティ「メロウ倶楽部」(mellow-club.org)

では、相談者と同じ高齢者が IT リテラシー教育の講師であるため、より共感に基づいた講習が可

能で、リピーター利用も多いという。こうした団体と協業すれば、高齢者教育の知見を活かしながら、

孤立高齢者が 1 人で学びやすい独習教材を開発・提供できる可能性がある。

さらに、利用者と同じ高齢者層のプログラマーによる開発実績も、高齢者が使いやすい独習教材

の開発可能性を示している。例えば 80 代の鈴木富司氏は、スマホの使い方を覚えたいが、親族

21

に教えてもらうことが難しいという高齢者の悩みに応えて、操作系 IT リテラシーの独習を可能にす

るために、独習用 iPhone アプリのシリーズを開発・リリースしている15。

最後に、インクルーシブデザインの考え方や方法論、適用事例も、独習教材開発の参考になる。

主にヨーロッパで実践されているインクルーシブデザインの開発アプローチは、ユニバーサルデザ

インよりユーザー参加を重視し、少人数による低予算の開発に有用とされている(みずほ情報総研

2007)。インクルーシブデザインは、機能性への満足だけではなく「心理的な価値のレベルの満足」

が得られるデザインや、「高齢化問題に直接向けられた[デザインづくりを進める]運動」を示す用

語となり、イギリスの工業規格(BS 7000-6: 2005)やノルウェー政府の政策目標にも採用されている。

インクルーシブデザインの適用事例としては、高齢者向けユーザーインターフェースのデザイン

開発や、ノルウェーで実際に採用された投票サポートシステム開発がある(カセム他 2014)。先に

挙げた高齢者用の独習アプリの開発事例も、開発者と同じ高齢者層が抱える心理的な葛藤と生活

課題の解決を目指して、低コスト・少人数で実現されたものであるため、インクルーシブデザインの

実践と共通点を持った事例と捉えることもできる。インクルーシブデザインは、高齢者層貧困者が

使いやすく、使いたくなるようなものを、低コストで作り上げる参加型の開発手法として参考になる。

5.5 現行対策の課題に対する打開策

このような事例・情報を参考にすると、現行対策の課題に対して、例えば図表 10 の右表のような

打開策が考えられる。

図表 10 高齢者層貧困者の IT リテラシー問題への対策の参考となる事例・情報と打開策の関係

(出所)筆者作成

15 一般社団法人コード・フォー・ジャパン/シニアプログラミングネットワーク主催「シニアプログラミングネットワーク

#1」2017 年 4 月 29 日開催(於:TECH PLAY SHIBUYA)、<https://eventdots.jp/event/617957>.

22

まず、自治体や地域の有志グループが中心となり、シルバー人材センターや地域 NPO、高齢者

のオンラインコミュニティなど、高齢者層の貧困者が直面する生活問題への理解があり、高齢者教

育・相談のノウハウを持つ団体と協力して、情報活用系・ルール系 IT リテラシーの独習教材の開

発・提供を進めることが考えられる。インクルーシブデザインの方法論を参考に、各支援団体が蓄

積しているノウハウ・知見を活かしながら、孤立しがちな高齢者層の貧困者が 1 人でも学びやすい

ような、教材アプリや配布用印刷データの開発・提供を、低コストで進めていく必要がある。

新たな教材開発が難しい地域でも、無料で入手可能な既存の入門教材をパッケージ化して提供

する施策ならば、検討の余地があると考えられる。例えば総務省は「ICT メディアリテラシーの育成」

ページや「国民のための情報セキュリティサイト」を通じて、PDF 版が無料でダウンロード可能な情

報活用系・ルール形 IT リテラシーの基礎教材を公開している(soumu.go.jp)。こうした既存の無料

教材を、スマホやタブレットの操作系 IT リテラシーのための高齢者向け教材アプリなどと組み合わ

せることで、汎用的な入門教材のパッケージを提供することが可能であろう。

さらに、インクルーシブデザイン的な開発手法で、高齢者自らがプログラマーとして参加して、自

らの体験や同世代の視点を活かした教材アプリの開発を進めることも可能であろう。国際的な調査

によると、高齢者層がプログラミング技能を習得する手段は、無料のオンラインコースが約 7 割であ

るので、インターネットにアクセスできれば、無料・オンライン教材でプログラミングを習得できるよう

になってきている(Guo 2017)。

前述の鈴木富司氏も、プログラミングに携わった職歴はなく、高齢になってからプログラミングを

習得して、アプリの開発・リリースに至った例であり、同様の高齢者プログラマーは、日本でも複数

人活動している。今後国内でも、より多くの高齢者層がプログラミングを習得し、同年代の課題解決

に資するような教材の開発に参加する素地が整ってくると考えられる。高齢者層貧困者向けの独

習教材を開発する際には、そうした人材の助けを借りられないか、事前によく確認する必要がある。

23

6. 結論・今後の課題

6.1 本研究の結論:世代ごとの問題と対策のまとめ

本論における各世代の IT リテラシー問題に関する研究結果を整理すると、図表 11 のようになる。

まず、従来の地域・職場コミュニティの弱体化が進み、自己責任論の風潮が強まるなか、ICT 機器

を使った経験が乏しい各世代の貧困者は、職業・日常生活を維持していくのに必要な IT リテラシ

ーを身につけてこなかったことがわかった。

一方、こうした貧困者の IT リテラシー問題に対する現行対策は、各世代とも操作系 IT リテラシー

を身につけるためのものが中心となっており、情報活用系・ルール系 IT リテラシー向けの対策が

不足していることが各世代共通の課題であることがわかった。

そこでそうした課題の打開策を検討したところ、伝統的な地域・職場コミュニティの働きを補完する

短期的な打開策が、コストを抑えて実施できる可能性があることがわかった。具体的には、対面教

育など、他者との接触が不可欠な対面施策の他に、e ラーニングや教材開発など、貧困者が 1 人

でできる能力開発を助ける非対面施策も、実施できる可能性があることがわかった。

6.2 今後の課題:弱者を包摂する社会制度・規範づくり

今後は、本論で扱った短期的対策に加えて、社会的包摂の観点から、長期的対策も実施してい

く必要がある。具体的には、IT リテラシーが不十分な貧困者を包摂する社会制度や、規範づくりを

検討する必要がある。また、障がい者貧困層向けの対策も、同様の観点から検討する必要がある。

24

図表 11 各世代の IT リテラシー問題に関する研究結果のまとめ

若年層の貧困者 中高年層の貧困者 高齢者層の貧困者

<背景>

IT リテラシーが

必要な背景

様々な職場環境に

対応する必要性

業務のデジタル化に対応

して、経験を活かした仕

事をする必要性

生活でインターネットを使

う必要性

∵弱い地域コミュニティ

<問題>

IT リテラシー不足に

陥った原因

■PCを使った

業務経験の不足

■PCを持ってない

■ICT機器を使った

業務・生活経験の不足

■ICT 機器を持ってない

■ICT 機器を使った

生活経験の不足

■ICT 機器を持ってない

不足している

IT リテラシー

PCを使った

幅広い業務に

応用可能な

IT リテラシー

業務のデジタル化に

対応できる

基礎的な

IT リテラシー

生活に必要な

最低限の

IT リテラシー

IT リテラシー不足で

生じた問題

強みを活かして

スキルアップできる

安定した職につきづらい

パート・アルバイトや

肉体労働の職でさえ

しづらくなりつつある

①インターネットを利用し

た自立的で安全な生活、

②社会的孤立の防止

が難しくなりつつある

<対策> (若年層向け) (中高年層向け) (高齢者層向け)

現行対策の内容

■操作面

の施策:

操作系

IT リテラシー

面の施策

[ア)対面施策]

■PC操作面:

□公共職業訓練

□NPOの操作訓練

[ア)対面施策]

■PC操作面:

□公共職業訓練

[中高年特化型]

[ア)対面施策]

■スマホ・

タブレット操作面:

□NPOの操作訓練

[イ)非対面施策]

■PC・スマホ・

タブレット操作面:

□独習用教材の

利用促進

[アプリ・書籍]

現行対策の課題 情報活用系・

ルール系

IT リテラシーの

訓練機会が不足

情報活用系・

ルール系

IT リテラシーの

訓練機会が不足

■情報活用系・

ルール系

IT リテラシーの

独習教材が不足

■地域コミュニティに

参加しづらい

孤立者対策が不足

打開策

■情報活用面

の施策:

情報活用系

IT リテラシー

面の施策

■情報セキュリティ面の

施策:

ルール系

IT リテラシー面の

施策

[ア)対面施策]

■情報活用面:

□図書館の講習会

■情報セキュリティ面:

□訓練講師の

能力強化

(資格受験)

[イ)非対面施策]

■情報活用面:

□独習用教材の

開発・提供

[スマホ用

e ラーニング教材]

[イ)非対面施策]

■情報活用面・

■情報セキュリティ面:

□独習用教材の

開発・提供

[職場用

e ラーニング教材]

[ア)対面施策改善]

■訓練に関する

情報発信の強化

□民生委員

□自治体広報紙

(コンビニ配布)

[イ)非対面施策]

■情報活用面・

■情報セキュリティ面:

□独習用教材の

開発・提供

[アプリ・ 配布用

印刷データ]

(支援団体と協力)

□既存教材パッケージ化

(無料教材の組合せ)

[アプリ・ 配布用

印刷データ]

□高齢者プログラマー

による教材開発

(プログラミング)

[アプリ]

(出所)各章の研究結果より筆者作成

25

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研究レポート一覧

No.461 デジタル社会に適応困難な貧困者の問題 -貧困者のITリテラシー問題と世代別対策-

大平 剛史 (2018年7月)

No.460 価値創造のための企業価値評価のあり方 -ESG対応から戦略的活用へ-

生田 孝史 (2018年6月)

No.459 共生ケアの効果と新たな価値 -変化する自立支援の意味と介護サービス-

森田麻記子 (2018年6月)

No.458 地域社会に創発されるレジリエントな組織と知恵 上田 遼 (2018年5月)

No.457 パリ協定離脱を決めた米国の排出削減の行方 -新たな原動力となるビジネス機会の追求-

加藤 望 (2018年5月)

No.456 温室効果ガス削減80%時代の再生可能エネルギーおよび 系統蓄電の役割:系統を考慮したエネルギー技術モデルでの分析

濱崎 博 (2018年4月)

No.455 IoT時代で活発化する中国のベンチャー活動は持続可能か 金 堅敏 (2018年4月)

No.454 地域密着型金融の課題とキャッシュフローレンディングの可能性

岡 宏 (2018年4月)

No.453 サステナブルでレジリエントな企業経営と情報開示 生田 孝史藤本 健

(2018年1月)

No.452 シビックテックに関する研究 -ITで強化された市民と行政との関係性について-

榎並 利博 (2018年1月)

No.451 移住者呼び込みの方策 -自治体による人材の選抜- 米山 秀隆 (2018年1月)

No.450 木質バイオマスエネルギーの地産地消における 課題と展望 -遠野地域の取り組みを通じて-

渡邉 優子(2017年12月)

No.449 観光を活用した地域産業活性化 :成功要因と将来の可能性

大平 剛史(2017年12月)

No.448 結びつくことの予期せざる罠 -ネットは世論を分断するのか?-

田中 辰雄浜屋 敏

(2017年10月)

No.447 地域における消費、投資活性化の方策 -地域通貨と新たなファンディング手法の活用-

米山 秀隆 (2017年8月)

No.446 日本における市民参加型共創に関する研究 -Living Labの取り組みから-

西尾 好司 (2017年7月)

No.445 ソーシャル・イノベーションの可能性と課題 -子育て分野の日中韓の事例研究に基づいて-

趙 瑋琳 (2017年7月)

No.444 縮小まちづくりの戦略 -コンパクトシティ・プラス・ネットワークの先進事例-

米山 秀隆 (2017年6月)

http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/report/research/

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